旧道にもどり、塩海橋の所で再びJRを越え、坂を上って迷いながら徳富蘇峰の記念館にいく。
農家の屋敷内にある。開館日でないので門前から建物を見るだけ。
二宮の駅を過ぎると「旧東海道名残り」という道標があり、国道から右にいくと、
すぐに吾妻神社の鳥居がある。その道をはいって線路を越えると吾妻神社の登り口。
急坂の階段を登っていくと吾妻山公園の一角に吾妻神社がある。
吾妻神社は「日本武尊が東国征伐に赴く途中、三浦半島から上総に渡るとき、
海神の怒りを静めるため弟橘媛は海中に身を投じた。媛の櫛が7日後に流れ着いたので、
それを埋めて御陵を建てた。この辺りを梅沢(埋沢)という。神社名は日本武尊が帰路、
足柄峠で東方の海を見て『吾妻はや(ああわが妻よ)』と嘆いたことに由来する」という。
昭和5年(1930)の大型で「唐草しょうわ」の狛犬がいる。
吾妻山公園は袖ヶ浦を下に見て、天気が良ければ富士山を一望できるという景色のよい、
きれいな公園である。
旧道にもどると醤油漬け物の宮戸工場があり、入り口に大きな釜が飾ってあり、
辺り一面が醤油臭い。
藤で有名で藤巻寺といわれる等覚院がある。
ここには弟橘姫のご神体である千手観音が安置されているという。
この旧道は梅沢街道と呼ばれている。
その出口の火の見櫓の下に数体の双体道祖神が無造作に置かれてある。
看板建築の柏谷鋼鐡店があり、レトロな感じがいい。この辺りは倉や古い造りの家が多い。
国道に平行した旧道の押切坂の坂上へいく。この入り口に一里塚跡の碑、江戸より18里。
本陣跡の碑もある。
押切坂を下ると中村川の押切橋。橋を渡り浅間神社へいく。
昭和15年(1940)の皇紀二千六百年記念の「しょうわ」狛犬がいた。 |