この坂を上りきると、国道は上下の車線が二手に分かれ、中央の分離帯には松などの
木々が茂っている。
ガソリンスタンドの先に仮名手本忠臣蔵の「お軽寛平戸塚山中道行きの場」の碑がある。
立派な民家の庭の中に、日本橋から11番目の原宿一里塚跡がある。
塚の付近に茶店などがあったので原宿と呼ばれるようになったという。
向かいに、安永5年(1776)の鳥居があり、長い参道で古い社殿の浅間神社。
境内に道祖神群がある。青面金剛がいなくて三猿だけが三角形に配置されている延宝年間
(1673−)の庚申塔がある。
原宿の「大まつば」というすしやで昼食。
しばらくいくと左に諏訪神社がある。この辺りは影取町といい、昔この地に大蛇が住んで
旅人の影を呑むということで名づけられたという。
国道1号と別れると鉄砲宿。影取の池の大蛇を鉄砲でうちとった猟師が住んでいたので、
この名があるという。
宝暦9年(1759)の双体道祖神がある。
戸塚・茅ヶ崎線をいく。旧東海道松並木の大きな碑がある。大変立派な松並木である。
遊行寺坂上にでて下る途中に、一里塚の案内杭があった。 |