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第18日 奈良井〜薮原〜宮ノ越(原野)  (その3)
          
宿間の距離 5.5km+7.5km   10.05.10
                 (歩いた距離 18.3km)

nakasen18-67.JPG   日義村の案内板がある。

日義村:マンホール

nakasen18-66.JPG  木曽川に沿ってカーブした道で、     
黄色い山吹の花が道にはみ出したように咲いている。

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 山吹トンネルを出た先で、新しい国道と合流する。

 ここから伊那への道、権兵衛街道が出ている。

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 すぐに、山吹橋がある。

 義仲館と巴淵の大きな看板が立っている。


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 国道から分かれ、右の木曽川沿いの県道259号線を行く。

 宮ノ越宿の案内板がある。

 JRを越えて巴橋を渡る。

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 ここで、木曽川は水流が巴をつくって
渦巻いていたことから、巴淵という。

「この淵に龍神が住み、化身して、
権の守中原兼遠の娘として生まれ、
名を巴御前といった。
木曽義仲に従い守り続けた、
美女巴が武技を練ったところであるという」。

 歌碑がいくつか立っている。 

 南宮神社の手洗水がある。
 これは義仲が、平家追討の旗揚げした南宮神社に参拝するときの手洗水であるといわれる。

nakasen18-76.JPG  花や木々が美しい集落の道を行く。

nakasen18-77.JPG  道祖神が立っている。

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 有栖川宮が来村した記念碑が立っている。

 集落を出て、葵橋で木曽川を渡る。

 川沿いの道を行くと義仲橋があり、橋を渡って行くと、義仲館がある。

 街道から離れ、寄っていくことにする。

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 きれいに整備された公園になっていて、
正面の門を入ると義仲と巴御前の銅像が建っている。
 きょうは休館日で、
館に入って義仲の短い生涯を再現しているという展示を
見ることはできなかった。

 その少し奥に、
義仲と巴の墓があるという徳音寺があるが、
疲れて元気がなくなり、寄らずに街道にもどる。

 

 宮ノ越宿で、空き地に「本陣跡」の石碑が立っている。
 「江戸へ66里35町、京へ68里21町」と里程が書かれている。
 明治天皇小休止跡の自然石の石碑もある。

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nakasen18-85.JPG  田中屋という民家がある。
 かつては旅館であったが、
明治16年(1883)の大火で焼失し再建したものである。
 出梁造りで、
1階の格子と2階の障子戸との対比が美しい。
 宿場民家の典型的な間取りであるという。

nakasen18-86.JPG  街道沿いの民家は、雨樋が長く出ていて、
2階の屋根庇から直接家の前の排水路に
繋がっていて、
家が杖を突いているように見える。

nakasen18-87.JPG  明治天皇御膳水が復元されてある。
 近郷随一の名水で、
明治13年(1880)明治天皇が中山道巡幸の時、
脇本陣で小休みされた際この井戸水をもって
茶を献上したという。

 宿を出て、線路沿いの道を行く。石仏、石塔が立っている。

nakasen18-88.JPG  なまこ壁の蔵がある。
 その側面は黒い板壁で覆っている。

 宮ノ越の1里塚がある。塚は土手の斜面に吸収されている。

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nakasen18-91.JPG  JRを第5仲仙道踏切で渡る。

nakasen18-92.JPG  原野駅に着く。

 きょうの歩きはここまでであるが、 
帰宅するのに中央西線の上り列車の間隔が長いので、
下りの列車で木曽福島まで行き、そこから上りに乗ることにした。

 昼食を取り損ねたので、木曽福島駅前のそば屋で、蕎麦と五平餅を食べながら、
時間調整し、電車に乗って、塩尻で特急あずさに乗り換えて、帰宅。

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