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第24日  細久手〜御獄(みたけ)〜伏見(可児)(その2)

              宿間の距離 11.8km+3.9km     2010.10.6   

              歩いた距離 24.0km

 広い道と合流すると、がけの上に小さな社の耳神社がある。
 耳の病気の平癒を願って、お供えしてある錐(きり)を1本借りて耳にあてます。
 病気が全快したら、その人の年の数だけ錐をお供えします。
 錐を編み込んだすだれが多く供えられていた。

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naka24-60.JPG  また、右の細い道を行く。

naka24-61.JPG  背の高い石室の中に一面六臂の馬頭観音像がある。

naka24-62.JPG naka24-63.JPG  牛の鼻欠け坂の
石畳道の道標。

naka24-64.JPG  中山道の道標に従い、
田を横目に見ながらどんどん行く。

 国道21号線に出る。

 田んぼの脇に、和泉式部廟所(びょうしょ)の石碑が屋根掛けの中に立っている。
 平安の三大女流歌人の和泉式部が、心の赴くままに東山道をたどって御獄の辺りで
病に侵され、近くにある鬼岩温泉で湯治していましたが、
寛文3年(1019)この地で没したといわれている。

 3体の石仏が並んで置かれている。

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naka24-68.JPG  「右 中街道」の大きな道標。

naka24-69.JPG  国道21号線をしばらく行き、
県道341号線表示の細道に入る,

naka24-70.JPG  曲がる角に道標が立っている。「右御嶽宿、左細久手宿」

naka24-71.JPG  御嶽宿に入ったのだ。

御嵩町:マンホール

naka24-72.JPG  細い341号線を行く。

naka24-73.JPG  用心井戸がある。
 大火が多かった宿の防火用水であろう。

 宿らしい家並みが続く。

 商家の竹屋がある。大きな2階建てで、格子窓と竹矢来が風格をあらわす。

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naka24-76.JPG  その隣が本陣跡である。

naka24-77.JPG  中山道みたけ館(中山道の資料館)がある。

naka24-78.JPG  大きく、境内も広い願興寺がある。
 別名蟹薬師で、寺の近くの地から薬師如来が
無数の蟹の背に乗ってあらわれたという。

naka24-79.JPG  その向かいに
「御獄宿 わいわい館」(おもてなしの拠点)がある。

 御嵩駅のところで、直角の枡形がある。

 右に曲がり、すぐに左に曲がる。角に昔ながらの立派な写真館がある。

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 鬼の首塚碑がある。
 鎌倉時代に凶暴で悪行三昧の太郎という男が鬼岩に住み狼藉を極めた。
 そこで、人々はこの地の地頭である交告源吾に退治してもらうよう訴えた。
 しかし、なかなか討つことができないので蟹薬師の訴願したところ
お告げ通り祭礼の日に女装した太郎が現れ、とらえて首を切ることができた。
 太郎の首を首桶に入れ、都に運ぼうとしたところ急に首桶が重くなり
一歩も進むことができなくなったので、この地に埋めた。
 今では、太郎が住んでいた鬼岩では、太郎を福鬼として迎えられており、
節分では「福は内、鬼も内」と豆まきをするという。

 その隣に、子規の
「草枕 むすぶまもなき うたたねの ゆめおどろかす 野路の夕立」の歌碑が立っている。

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 国道をしばらく行き、
右の細い道に、
また国道をくりかえして歩く。

 八幡神社の入り口がある。

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 比衣の一里塚跡がある。

 江戸より96里、京へ38里。

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 しばらく行くと「右 御嶽宿、左 伏見宿」の道標がある。

 そこからは、広い21号線を行く。

naka24-89.JPG  伏見宿本陣之跡の石碑が立っている。
 そこに、
 「是よ里 東 尾張藩」の領界石が立っている。

 一本松公園があり、中央に立派な松の木があり、
角に「右 御獄、左 兼山 八百津」の道標が立っている。
 その公園に遊水があり、低学年の子どもが水に入って遊んでいる。

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 そこに、ラクダの看板が立っている。
 「文政7年(1824)ラクダが幕府に献上されるため、ペルシャから連れてこられたのですが、
幕府に受け取りを断わられたため、見せ物興行師の手に渡り。各地を回りました。
 中山道を旅する途中、伏見で興行師が病気になり、3日間ほど逗留しました。
 その時、2日間で村々からラクダ見物に2000人以上の人が集まってきたということです」。

naka24-92.JPG  お休み処駱駝(らくだ)がある。

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 宿を出てしばらく行く。

上恵土神社がある。
古く落ち着いた社殿である。
 その前に
「はじめしょうわ」の
狛犬がいる。
 右アが玉を、
左ウンが子狛を持っている。

 さらに行くとバイパスと21号線の合流地点の先に、
恵土の一里塚跡(江戸より97里京へ37里)の碑がある。
 右に「江戸・伏見宿」、左に「京・今戸の渡し・太田宿」と書かれている。

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naka24-97.JPG  可児公設市場のところで、可児市に入る。

可児市:マンホール

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 中仙道踏切で、JR太多線を渡る。

 車の通りの多い広い道をどんどん歩いて行く。

naka24-99.JPG  木曽川にぶつかる手前で、今日の歩きをやめ、
信号・今渡公民館南で左に曲がる。

 名鉄広見線の日本ライン今渡駅で乗車し、
新可児駅で下車し、少し歩いて今日の宿(ルートイン可児)に着く。

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