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第2日 真鶴〜湯河原(その2)     

                     (歩いた距離 12.8 km  2003.04.06)

izu02-18.JPG  真鶴駅を過ぎて西にいくと湯河原町にはいる。

湯河原町:マンホール

 細い急な坂を下りる。

 子之神社がある。藁葺きの社殿である。
 文久3年(1863)の「江戸くずし」狛犬がいる。
 太っていて毛が多く、その彫りが深い特徴がある。
 左ウンの子狛が立ち上がっていて親狛の尾をくわえている。

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 すぐに福浦港である。小さな漁港で、漁船が留まっている。
 海沿いの道をいく。

 小道地蔵堂がある。
 この地蔵堂は、石橋山で敗れた頼朝主従を純海という堂僧がかくまったことに
由来するという。

izu02-22.JPG  (すが)神社がある。
 緑が多く、銅葺きの社殿で落ち着いた雰囲気である。
 「小田原から伊豆半島東岸には鹿島踊りが残っているが、
この素神社の踊りが古い形式を最もよくとどめている」と
いわれる。

izu02-23.JPG izu02-20.JPG  社殿の前に文政4年(1821)の「江戸」
狛犬がいる。
 右ア左ウンとも狛犬が子狛から前足を
あげていて、いつくしんでいる様子
である。

 境内にある牛頭天王社、比叡神社の石祠の前に寛文10年(1670)の
小型の「はじめ」狛犬がいる。
 四肢が分岐していない形で背と後ろ足にはっきりと設置年などが書かれている。
 は虫類のような顔をしている。右ア、左ウンで口が横に大きく、
目や耳がはっきり掘られていて、尾は八つ手うちわ状である。
 今のところ神奈川で見た最も古い狛犬である。

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 その横にウンだけ残っている小型の「先代」狛犬がいる。
 年代はわからないがかなり古そうである。目は大きく、尾はうちわ状である。

 住宅地を少し入った小高いところに妙法稲荷社(吉浜稲荷神社)がある。
 頼朝が石橋山で敗れ房総に逃れるとき、土肥実平が「稲荷大善神に妙法蓮華経を唱えるとき
いかなる願いといえども叶わずということなし」と申し、その功徳で渡海できたということから
建久4年(1193)に建立したものであるという。
 「キツネ」は右からウン・アであるが、左アでは子ギツネがオッパイを飲んでいる。

 八幡神社にいく。太った昭和4年(1929)の「江戸」狛犬がいる。
 神社の前に数体の道祖神が並べておかれてある。赤い頭巾をかぶっていて、
地蔵のようである。

 湯河原駅にいき、乗車して帰宅。

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