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第12日  沓掛〜〜追分〜小田井〜岩村田 (その1)
            (ゆうすげ温泉)       
                
宿間の距離  4.3km+5.0km+4.7km  09.09.28
                        歩いた距離  19.8 km     

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 ゆうすげ温泉旅館を出発する。

 今日も小雨が降っている。霧で視界が悪い。

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 国道18号線に出て、軽井沢バイパスをくぐり、すぐに左折し、
旧の中山道に出て、歩き始める。

 自然石の馬頭観音が立っている。
 この辺りは、昔の地名を古宿、借宿といい、
上州と信州の物資輸送の中継地として栄えたところで,
そのせいか、馬頭観音が多い。

nakasen12-3.JPG  女街道入口の案内板がある。
 「入鉄砲、出女の取りしまりの厳しい関所をさけた
裏街道の入口で上州下仁田に向かう道の分かれで、
姫街道ともいう」。

 遠近(おちこち)宮がある。
 創立年代は不詳であるが、
在原業平の「信濃なる 浅間の山に立つ煙 遠近人(おちこちびと)の みやはとがめん」
の和歌から名づけられたものか。
 「しょうわ」の狛犬がいる。皇紀2603年(1943)と書かれている。
 右アは玉を、左ウンは子狛を持っている。

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nakasen12-7.JPG  境内の石仏、石祠は、
庇の部分がシデのついた縄で巻かれている。

nakasen12-8.JPG nakasen12-9.JPG  西長倉村の
道路元標が残っている。

nakasen12-10.JPG  杉玉がかかった家がある。
 造り酒屋であったのか。

nakasen12-11.JPG  馬頭観世音と文字だけで書かれた、
2メートルもあるような馬頭観音碑がある。

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 18号線に合流する。

 そこに「草津道道標」がある。
 「従是左上州草津道、…」と書かれている。

nakasen12-13.JPG  18号線の歩道のところに標高の標示があり、
1003mと書かれている。
 小雨も降っているので、寒いはずである。

 すぐに、追分の一里塚がある。
 この追分の一里塚は「よく原形を保っていて貴重なものである」。 

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nakasen12-16.JPG  そこで分岐する右の旧道を行く。

 浅間(あさま)神社がある。
 「明治2年(1869)、浅間山の鳴動が激しく、
鎮静祈願のため明治天皇の勅祭が行われた」神社として有名である。
 本殿は室町時代のもので、軽井沢町内で最も古い木造建築である。

 境内に、芭蕉の「吹き飛ばす 石も浅間の 野分哉」の句碑がある。
 身の丈以上の自然石に彫られている。

 雨がやんだので、雨具をリュックにしまう。

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nakasen12-19.JPG  追分宿である。
 道が清潔に保たれていて、
「中山道追分宿」とそれぞれの屋号がかかれた木製の灯籠が立っている。

 堀辰雄文学記念館がある。辰雄が結核を患い、安住の地にしたところである。
 樹木の多い、広い庭である。
 記念館の入口には、移築された「本陣門」が立っている。

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 記念館の先、左側に、脇本陣跡の油屋がある。

 街道からかなり奥まって建物が立っている。

nakasen12-23.JPG  出桁作りの家が宿場の雰囲気を残している。

nakasen12-24.JPG  高札場が復元されていて、
戊辰(1868)正月の東山道鎮守府総督の「農商へ布告」も
復元掲示されている。
「センダッテ朝廷ヨリ御触モアラセラレ候通ニ候ヘ共、
万民塗炭ノ苦ヲ救イナサレ度キ叡慮ニ候間
各々安堵シ渡世致スベク候」

 諏訪神社がある。
 昭和18年(1943)の「しょうわ」狛犬がいる。 

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nakasen12-27.JPG  境内に、
一茶の「有明や 浅間の霧が 膳をはふ」の
句碑が立っている。

nakasen12-30.JPG  バス停のところに、
木箱に本が入った小さな文庫が置かれている。
 さすが長野県は教育県と感心した。

 枡形茶屋「つがるや」がある。二階の漆喰壁に屋号がかかれている。
 「枡形の道と土手を築いて宿内の警備取締まりをした。
 今その面影は見ることができないが、
茶屋つがるや(枡形茶屋)の建築にその昔をしのぶことができる」。

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nakasen12-33.JPG  その向かいに番所がある。
 これは、
18号線(中山道)を下ってきて追分宿に入る所に立っていたもので、
再建されたものである。

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