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第5日 鴻巣 〜熊谷〜深谷(その2)
     
(吹上)                               
          宿間の距離 15.6+11.8km  2009.06.28
              (歩いた距離  25.3km)

  

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 秩父鉄道の踏切をわたり、
新幹線や高崎線の高架の下をくぐる。

 左側が熊谷の駅だが、道なりにまっすぐ進む。

 星川をわたっていくと、
 広い17号線(中山道)に出会う。
 左に折れ17号線をいく。

 通りは車は多いが、人は少ない。
 電線が地中化されていて、
すっきりした通りになっている。 

nakasen05-29.JPG  星川の上や市役所通りには、櫓をくんで提灯が飾られている。
「八坂神社大祭 熊谷うちわ祭り 祇園会」などと書かれ、
宣伝を兼ねた多くの提灯がぶらさがっている。

 右に入ったところに高城神社がある。

 6月30日が大祓い式であるという。
 一の鳥居に大きな茅の輪を設け、母体の胎内くぐりと見なして汚れをはらうのである。
 中庭で2人の職人さんが大きな茅の輪をつくっていた。

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 神社の入り口に、275センチもある青銅製の常夜灯がある。
天保12年(1841)に立てられたもので、県内はもとより江戸、
川崎、高崎などの紺屋が奉納したものである。

 当地は、「江戸時代中頃から藍染め業が活況を呈しており、
明治時代後半が最盛期であったといわれる」。

 街道にもどる。
 歩道が整備され、きれいであるが、昔の面影はない。
 歩道の植え込みに「札の辻跡」「本陣跡」の石碑と説明板がある。

 バス停の待合いが、太い柱の瓦葺きの屋根でつくられていて立派である。

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nakasen05-36.JPG  右に少し入ったところに熊谷(ゆうこく)寺がある。
 熊谷直実が出家した後庵を結んだところで、
直実の墓といわれる宝篋印塔がある。

 街道にもどると、八木橋デパートがある。
 東側の出入り口に、旧中山道跡の石碑が立っている。
 その横に、宮沢賢治の
「熊谷の 蓮生坊がたてし碑の 旅ははるばる 涙あふれる」の歌碑が立っている。
 このデパートの一階の通路が旧中山道であり、中山道の上にデパートが建てられたことになる。
 専門店が並んでいる通路をぬけて外へ出ると、ここにも旧中山道跡の石碑がたっている。

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 通りを渡り、
デパートの西口から斜めに続いている、一番街商店街の道をいく。 

 17号線に合流する。

nakasen05-41.JPG   しばらくいき、また17号線から左に分岐すると、
すぐに新島の一里塚がある。
 塚が石垣で囲われていて、
樹齢300年といわれるケヤキが立っている。
 西側の一里塚が残っていないのが残念である。

nakasen05-42.JPG  左に、「従是南 忍領」と彫られた忍領石標がある。
 安政9年(1780)のものである。

 17号線を突っ切り、264号線をいく。

 筋違橋をこえ、住宅地の道をいく。
 白壁の塀や石塀の庭が広い家や屋根瓦が立派な家がある。

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 地蔵堂がある。差し掛けのお堂の中に3体の地蔵が安置されている。
 境内には、宝篋印塔や、移転記念碑などがある。
 天保13年(1842)の「庚申」と文字が彫られただけの大きな庚申塔
正徳3年(1713)の青面金剛が彫られた小さな庚申塔も立っている。

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 264号線は熊谷市と深谷市の境の道になっていて、
工場や大型商業施設がある。

 深谷市にはいると、東方の一里塚があり、
道をはさんで3基の馬頭観音が立っている。

 古い造りの酒屋がある。

 名産の深谷ネギの畑がある。

 御獄神社や愛宕神社があるが、狛犬はいない。 

nakasen05-49.JPG  幡羅中学校、常盤小学校のあたりから
歩道が整備されていて、松の木が植られ、
植えマスにサルビアなどが植えられている。
 これはロードサポートというボランティアによる
清掃美化活動によるものと標記がある。

nakasen05-50.JPG  この辺りは、昔、何百本もの松、杉などの並木道であったが、
今では、何度も植え替えられた、
見返り松に面影が偲ばれるにすぎない。
 江戸時代、深谷は街道一の遊女の街といわれ、
江戸に向かう旅人はこの松の下で、
振り返って前夜親しんだ女性と別れを惜しんだという。 

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 原郷の信号で17号線を突っ切り47号線をいく。

 天保11年(1840)の深谷宿の下の常夜灯が立っている。

nakasen05-52.JPG nakasen05-53.JPG  二階が連子格子の店舗や
白壁の蔵造りの米屋がある。

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 唐沢川を行人橋でわたる。

 卯建(うだつ)の役目をするレンガのしきり壁で囲まれた
古い商店がある。

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 仲町で左折して、深谷駅に向かう。

 駅前のロータリーに、大きな渋沢栄一の銅像がある。
 「天保11年(1840)に深谷で生まれました。
 15代将軍慶喜の命令により渡欧し、
帰国後明治政府に出仕しました。
 明治6年(1873)富国の道を求めて野に下り、
わが国最初の第一国立銀行を創立しました。
 続いて紡績、鉄道、電気、ガスなどの事業を創立、援助しました」。

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 深谷駅は赤レンガでつくられた立派な駅である。
 東京駅が深谷産のレンガを使用していることに
あやかり、東京駅を模して平成8年に改築された。

 深谷のレンガは、明治20年(1887)渋沢栄一が
日本で最初に設立した機械式レンガ工場で
つくられたもので、日本銀行、赤坂離宮、東京大学
などにつかわれているという。

 深谷駅で乗車して、帰宅。

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