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第7日 修善寺(その1)     

                歩いた距離 11.2 km  2003.08.30

 今日は修善寺を散策するため、修善寺で下車する。  

 修善寺は、伊豆箱根鉄道の終点であり、中伊豆の温泉町で、源氏ゆかりの地である。

 正岡子規が「この里に 哀しきもの二つあり 頼家の墓と範頼の墓と」と詠んでいるように、
源頼家は母政子によって、源範頼は兄頼朝によって謀殺された、怨念の地である。

izu07-01.JPG  狩野川を修善寺橋で渡る。
 釣り人が多く、水がきれいで魚が群れているのが見える。

izu07-02.JPG  橋を渡ると、大きな横瀬愛童将軍地蔵がある。
 「建仁2年(1203)に二代将軍頼家公が北條氏の政略により
幽閉されたときに、この里子達と遊んでは我が子を思った」
ことから、行き交う人を守り、子どもの幸を願うものとして安置された
ものという。

izu07-03.JPG  横瀬八幡神社がある。
 道路に面しているが、静かなたたずまいである。
 ここは旧修善寺村の氏神であったが
「頼家公束帯の立像を作り、
頼家公の廟(みたまや)とし、八幡と称した」。

 宝暦13年(1763)の「はじめ」狛犬がいる。
 鬼顔で、眉毛があり、目はドングリで、鼻は開いている。
右ア左ウンとも小さな角があり、断髪で、頭でっかちで、は虫類のようである。

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 修善寺川沿いの県道を西へ行く。
 うなり石というバス停があり、人家の庭に大石が置かれてある。

 この辺りはわさび漬けの店が多く、
「親の意見と遠藤のわさび 聞けば聞くほど 目になみだ」の宣伝の看板が立っている。

izu07-07.JPG  修善寺インターのところで、下田街道と修善寺道が交差しており、
指差しの道標が立っている。

 郷土資料館がある。伊豆の金山の資料などが展示してある。
 外に庚申塔や萬霊塔が集められている。

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 なお行くと、右側に日枝神社がある。
 頼家も範頼も深く尊崇したという。

 参道に信功院跡の説明がある。
「源範頼はこの信功院に幽閉されました。
建久5年(1194)に梶原景時の不意打ちに会い自害しました。
信功院は後に庚申堂となり、今は庚申塔一基が残って
います」。

 昭和53年(1978)の「しょうわ」狛犬がいた。

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 修禅寺がある。
 この寺は大同2年(807)、弘法大師が開山したものである。

 頼家は建仁3年(1203)、この寺に幽閉され、
叔父北条時政に殺された。
 それ以前、建久5年(1194)には範頼も当寺に幽閉されて
いる。

 建物は立派だが、車が境内に入りもったいない気がする。

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