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第1日 小田原〜根府川(追加)

                          (2004.01.11)

 前回(03.03.15)小田原から歩いたときが小雨で、写真がよく撮れていなかった。
 また第3回(03.04.27)の湯河原からの散歩のときに、湯河原駅の案内所で「豆相人車鉄道」の
パンフレットを入手した。これは小田原熱海を走っていた世界で一番小さい鉄道といわれる
人力鉄道である。
 その跡をたどってみたいので小田原根府川をフォローすることとした。

izu01-25.JPG izu01-24.JPG  前回は見逃していたが、
国道1号線が早川口で135号線と
分岐する手前の歩道橋の下に、
小田原駅跡の碑が立っている。

 熱海温泉は古くから人気のある保養地で、明治時代になると政界財界人や文人たちが
多く訪れるようになったが、交通機関が駕籠か人力車しかなく不便であったため、
鉄道計画がおきた。
 これが「豆相人車鉄道」で明治28年(1895)から順次開通し、明治33年(1900)に
小田原(早川口)から熱海まで25.6kmが全通した。
 1車両に客が6人程乗り、2、3人の車夫が押し、日に6往復した。
急な坂では客も降りて車を押したという。
 この「人車鉄道」は明治41年(1908)に軽便鉄道となったが、大正11年(1922)に
国鉄熱海線が小田原真鶴で開通したことと、翌年の関東大震災で線路が壊滅したことで
廃止された。

izu01-27.JPG izu01-28.JPG  「人車鉄道」の小田原駅
から、「人車鉄道」は国道
135号線より一本東側の
道を、水産市場、小田原
漁港
の方へ向かい、その
横を通たという。

izu01-30.JPG izu01-29.JPG  早川駅を見ながら135号線を
横切り、前回と同じ細い旧道を
行く。
 この道が「人車鉄道」が
走っていた道
である。

小田原市:マンホール

                

 「人車鉄道」のパンフレットに根府川関所跡が標示されているので、再び探すことにする。

izu01-32.JPG  根府川駅の先で国道と分かれ、坂を少し下ると
見晴らしのよい高台に岩泉寺がある。
 この辺りで関所跡を探したが、わからなかった。
 土地の人に聞くと、白糸川横の新幹線の鉄橋の下に
あるという。

izu01-34.JPG izu01-33.JPG  急な坂道を下ると川に出る。
 その横の道を少しあがると石垣があり、
根府川関所の説明板がある。

 この関所は箱根関所の脇関所であり、脇関所は他には矢倉沢、仙石原、川村、山ヶの
4ヵ所があったという。
 箱根と根府川の関所だけが、厳しい取り調べをした上で出女を通したという。

izu01-35.JPG izu01-36.JPG  それより下流に
白糸川釈迦如来がある。

 これは江戸時代に地震の不安から庶民を救うため岩泉寺の岩盤に彫って造立したものだが、
万治2年(1659)の大洪水で岩泉寺は今の高台に引き移った。
 この釈迦如来はそのまま残り、関東大震災(1923)で山津波により埋没したので、
現在は釈迦堂の中の階段を下った洞窟の中にある。

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